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黒森神社の権現様と建武の鉄鉢

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 黒森神社と黒森神楽は、数多くの資料が地元に残され、現在も江戸時代と変らず神楽の巡行が続けられている貴重な存在である。

 黒森山麓には、中世から江戸時代初期に安泰寺(伝 天台宗)があり、その後、幕末まで赤龍寺(真言宗)が黒森権現社の祭りで儀礼を行っていたことが古文書に記されている。

 建武元年(1334)の鉄鉢は、現在の賽銭箱にあたるもので、「道徳」は安泰寺の僧か修験者の名と考えられる。同じ頃の貞治4年(1365)に安泰寺に奉納された鐘の銘の拓本が盛岡藩の記録『篤焉家訓(とくえんかくん)』に記されている。

 黒森神社には、現在使われているものも含めて、24頭の権現様(獅子頭)が現存している。年号銘のあるもので最も古いものは文明17年(1485)のもので、さらに百年以上さかのぼって南北朝初期と推定されているものがある。どちらも歯打ちの形跡があり、何らかの儀礼に使われていたと考えられる。

 黒森だけでなく、宮古・下閉伊地方には多くの寺社があり、権現様や神楽がずっと昔から私たちの身近な心のより所として信仰されてきた。

出典:広報みやこ「新ふるさと博物館」

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