Miyape ban 01.jpg

2014/01 お飾りと年越しの準備

提供:ミヤペディア
移動: 案内, 検索

 流行語大賞だの今年の重大ニュースだの、やれ、どこそこの「オデラ/寺」が「ススハギ/すす払い」をやったとか、干支を模った民芸人形の出荷がピークだとか、この時期は毎年恒例となったニュースが流れる。家には年賀状御免の喪中葉書が大量に舞い込んで、我ながら自分がそういう年代なのだなぁと実感する。街も仕事も大晦日に帳尻を合わせるために気ぜわしく、普段は悠長な端唄・小唄のお師匠さんでさえ着物を「ヒッタグッテ/まくり上げて」小走りになってしまうというまさに師走(しわす)の雰囲気だ。さて、今月はそんな師走の風物を宮古弁で見て行こう。

 年の瀬、やらなければならないのは神棚の掃除をして「オドスガミサマ/御歳神様・歳徳神」を迎える準備だ。近年は核家族化が進み自宅に神様を祀る家は少ないが、その昔に実家や従兄弟などの家でそんな風景を見たことがあるはずだ。「オドスガミサマ」は一年を通じてその家を厄災から護り繁栄を約束する神様だ。その姿は長髪の女神で諸説あるが牛頭天王の后とも言われる。しかしながらその具象は基本的にどうでもよく、民間信仰的に見た場合「オドスガミサマ」の正体はその家で亡くなっていった古い人々であり穢れなき先祖霊である。人が一生を終え死んでゆく、その後残された「ヒタヅ/人たち」が死者の霊を慰め年忌の追善供養を行う。毎年の盂蘭盆会、三回忌、七回忌、十三回忌…とそれを重ねてゆくうちに死という穢れは浄化され最終的にはご先祖様という神格へと昇華し、心霊は神霊となって毎年、正月にその家を護るため降臨するわけだ。したがってまだ神格化していないご先祖様は8月のお盆に拝んで、神格化したご先祖様は正月に拝むわけだ。そしてその席にはその家に関係する家族が集まり「オゴツォー/ご馳走」を囲んで酒を飲み、無意識ではあるが神仏の加護と幸せを実感するというわけだ。ちなみに独立したばかりでまだ死者の穢れを知らない新しい家であっても、そこに人がいる限り先祖はいるわけで「オドスガミサマ」のリアリティーはなくとも自分が遙かに続く人間という連鎖の鎖で結ばれ、信じる信じないは抜きにして自分の後ろには無数の神霊が連なっている…ということになっている。

 地域の「ダナサマ/大地主」で、今までに数多くの死者を送り出したであろう旧家と呼ばれる家は、一間から一間半ほどの巨大な神棚を祀る場合が多い。神棚は仏壇のある客間に設えその棚には墨絵に金彩を施した細長い「オガザリ/お飾り」がぶら下がる。「オガザリ」は宮古特有の進化を遂げた民間信仰媒体で、中心の富士山を背に恵比寿・大黒の二福神にお馴染みの鯛、俵、大福帳、珊瑚、株、帆掛船、千両箱と大判小判、両サイドには縁起と寿命の象徴である鶴と「ケッコガオエダ/毛が生えた」亀が描かれた幸福意匠のオンパレードだ。これは人が願うありったけの幸せであり、ご先祖様にオーダーする幸せメニューのほんの一例を描いたもので、毎年、年の瀬の大安日に貼り替える事になっている。「オガザリ」はこの他に習字の半紙一枚に刷った「オガメ/おかめ」「ベェゴ/牛」「オソーデサマ/馬」「ヤンマノカミ/山の神」「スルメカゲ/イカ釣り」「オソネー/お供え餅」「ゼニブグロ/銭袋」などその家の生業や追加の願いの意匠もあり、必要に応じてトッピングする。ちなみに僕の家には神棚はないが数年前、試しに赤い左向きの「オソーデサマ」と「ゼニブグロ」を壁に貼って勝馬投票券に恵まれますようにと拝んだが、大きな当たり馬券には恵まれなかった。また、釣り好きやアウトドア好きの人は腹合わせに描かれた鯛や藁蓑姿の「ヤンマノカミ」などを貼ったりするようだ。

 漁家であれば神棚の「オガザリ」効果で実際に大漁すれば繁栄に直結するが、休日は竿を出さないと気がおさまらないという三度の飯より「ツリッコ/釣り」が好きな父さんにも困ったものだ。「チッチャコイ/小さな」神棚に貼った「オガザリ」は大漁よりも釣り場での安全を祈願したものとは言え、猫の手も借りたいほど忙しい年末のせっかくの休日に朝からせっせと道具を揃えて釣りに出掛けてしまう。理由を問えば、本当はい「イキタグネードモ/行きたくないけれど」会社や仕事の「ツギアイ」付き合いだの、家族に「トストリザガナ/年取り魚」の「ナメタ/ナメタガレイ」を「カセタクテ/食わせたくて」とそれなりに切実だ。しかし、この時期「ツリッコヨッカ/釣りよりも」家の手伝いをして欲しいものだと妻をはじめ家族は嘆く。だが、この寒空、何が「オモツォクテ/面白くて」「サンブツラス/寒く辛い」の磯に通うのか?とは言え、なまじ家に居座ってあれこれ現場監督のように指図しては昼過ぎから酒を飲まれるよりはまだいいか…と思ったり。

 師走、年の瀬とは言うけれど、結局はいつもと同じ忙しさの連続。そして大晦日の前にはクリスマスもやってくる。恋人同士ならその三連休も楽しいだろうが、あの尊いお方は何でこんな年末の時期にお生まれになったのか…と悔やんでも仕方ない。カレンダーを眺めてはため息ばかり。

ためになる宮古弁風俗辞典

ありやったーいぇい

女性が使う驚きを現す感嘆符的宮古弁。直訳だと「あら、いやだこと」となる。

会話にはリズムがあって話し手、聞き手の微妙なやりとりが会話を盛り上げるコツでもある。付き合い始めてまだ数ヶ月のカップルはお互いのことをまだ知らないからデートでの会話もぎくしゃくして要領が悪い。しかし、半年も付き合えば会話はスムーズで手を握るタイミングも慣れたもの。話しをしていて時が経つのも忘れるほどだ。会話に使われる言葉にもリズムやイントネーションの上がり下がり、心地良い耳ざわりがあって、それらが相まってテンポのいい宮古弁の会話が成立する。そんなテンポ重視の宮古弁女言葉に「ありヤッターイェイ」がある。言葉を分割すると「アリ/あら」「ヤッター/いやだ」「イェイ/こと」となるが最後の「イェイ」は意味というより「ヤッター」を修飾するものだ。女性が何かにビックリしてその場で感嘆する時に使われるが、女性は本心から慌てているわけではなく驚きの中にも余裕が感じられる言葉であろう。また、自らが驚くのではなく何らかの情報(例えば病気や事故等)を聞いた時に「アリヤッターイェイ…」と語尾に向かって音を下げて悔やむようにも使われる。共通語の「あら、いやだこと(いやだわ)」と同等の意味となる。

表示
個人用ツール