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2009/06 馬鹿の見える風景

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 あまりお上品ではないが、宮古人に限らず私たちは会話のなかに「馬鹿・ばか・バカ」を多用する。バカという表現は通常より機能・知能・精度が低い、融通が利かない、速度的に緩慢でもどかしい…などの不具合をひとまとめにしたもので、人はもちろん、あらゆる動物から物、行為、事象、自然現象まで対応する柔軟性のある表現であり、地方特有の動詞や副詞と合体した方言的含みを持ったものから、「バカ売れ」「馬鹿正直」などの立派な共通語まで多彩な表現がある。

 バカは漢字だと「馬鹿」と書くが、これは江戸時代頃に創作された洒落本などで使われた当て字で本来は、その昔、僧侶たちが隠語として使っていた「摩訶羅(まから・発音はマハラカ)」が「莫迦(ぼか・ばぁか)」となり後にバカとなったらしい。元々は仏教で使われるサンスクリット語であり、梵語の読みが変化したものだ。お間抜けでちょっと足りない感じの人を総称するバカという表現の起源は定かでないが室町時代あたりの古文書に「破家(はか)」などの異字体でバカが表現されているという。そこで今月はバカについての宮古弁をみていこうと思う。

ヒトーバガニスター

 宮古弁でのバカを使った表現で最も頻繁に使われるのはこれであろう。特にご婦人方の井戸端会議で「ヒトー(めいっぱい伸ばす)バガニスター」と何かに対して呆れたような口調で語られるのをよく耳にする。これは相手方の対応や仕草、場合によっては物品のお返し、引き出物の相場に対しての不満等で使われ、相手が自分をまるで何も知らない「馬鹿」を扱うように無慈悲であったという意味で使われる。この場合のおおまかな宮古弁訳は「失礼だ」「失敬だ」という意味を強く押し出しており、間抜けで足りないという意味ではない。複雑な言い回しの例だと「ヒトーバガニスンモンデハ、アンメース/人をバカにするものではあるまいし」などがある。また、相手に対して自分の存在や力を誇示する「ヒトーバガニスンナヨ/バカにすんじゃないぞ・何も知らないと思ってんじゃないぞ」と半ば脅すような使い方もある。

バガサベコド

 例えにしてもあまりにも話がウソ臭い怪しい作り話や、実現不可能な空想話のこと。毎回大きな選挙が近くなると、各陣営からメープルシロップのようなとろけるように甘い「バガサベコド」が流れされます。その絵空事は実際に候補者の口から出たものか、陣営が勝手に「タギツケダ/焚きつけた」ものか定かではありませんが、それが本当なら宮古市はもっと早く沿岸の中核都市として君臨したはず。そもそも沿岸の「キスパマ/浜人」たちは選挙のような争うお祭り騒ぎが好きで、その昔、宮古は政争の町として有名でした。底辺で暗躍していた往年の選挙屋たちは、票と金を牛耳り、裏では両陣営とつながって最終的には、裏とも表とも区別がつかない最悪の政治の癌のようになっていました。市長選挙ともなれば町は二分され「ワルクヅ/悪口」の言い合いになり、遠回しな誹謗中傷の言葉が踊るチラシやタブロイドが選挙資料として大量にばらまかれたり、怪しい記事が匿名でファックスで送られたりもしたものです。それに比べここ数年、何の選挙も静かになったものです。あの熱く燃えた日々が懐かしい限りです。

バガナリ

 予想以上に大量、許容範囲を超えた膨大な量を表現する時に使う言葉。「ナリ」は「成り」であり、果実などが成ることにも由来する。「バガナリクッテ」で自分の身体のことも忘れて調子づいて飲食したりすることを意味する。

バガマネースル

 あたかも知恵がない人がやるように、後先を考えずにやってしまい修復困難な状態に壊してしまった時に使う、自分で自分を蔑んだ表現。とりかえしがつかない状態になった時にはじめて我に返り「ハーア、バガマネーステスマッタ/はーあ、とんでもないことをしてしまった」と反省する。

バガケニスル

 バカにすること。「ケ」は色気、眠気、寒気などの「ケ」であり「気」のこと。「バガケ」とは「馬鹿気」であり、第三者をかなり低く蔑んで、バカにすること。

バガタグレ

 「タグレ」は見た目が醜いこと。従ってバカであり、加えて見た目も酷いということ。「コバガタグレ」も同様の意味。相手に対して怒ったり軽く説教するときに「コバガタグレ」が頻繁に使われる。

バガニナル  機能を果たさなくなった状態。蓋などのネジ山を強引に回したため、通常のタップが壊れてしまい蓋が正常に入らなくなったりしたときに「フタガ、バガニナッタ/蓋のネジが壊れた」というふうに使う。また(+)や (-)のネジ山をサイズが合わないドライバーなどでこじったためネジ山が壊れて回せなくなったりした時も「ネズガ、バガニナッター/ネジ山が壊れた」というふうにも使う。また、周りが見えなくなるほど何かに熱中してしまうことも「バガニナル」という。こちらは、ひとつのことしかまともにできないわけで、柔軟性に欠けることからバカに例えたのであろう。そんな不器用で融通が利かないタイプの人を描いた『空手バカ一代』『釣りバカ日誌』などはおなじみ。関西風なら『男ドあほう甲子園』ってとこですか。

バガニデギネー  体制に影響が無い量や金銭なのだが、塵も積もれば何とやらで無視していられないぞという意味。付き合いだからと冠婚葬祭の「ツケトドゲ/お悔やみ・お祝い等」、たいした物ではないけれどお盆の供え物など、ちまちまと金がかかる割に、向こうの家は兄弟も多くこっちは一人娘。元は取れないうえに、毎回「ナンダリカンダリ/あれこれと」本家風を吹かされたのではもう、やってられません。


付録・懐かしい宮古風俗辞典

【もよおす】

うながす、せき立てる、引き起こすという意味を持つ古語。宮古弁では便意・尿意などを感じた時にそれを相手に伝えるときに使う

 「モヨオス」は漢字だと「催す」と書くので、字面からのイメージだと、お祭りや売り出しで人がたくさん集まるイベントの開催などを想像する。「モヨオス」とは確かにその意味もあるのだが、「モヨオス」には別な意味も隠されている。特に陸封された古語が方言として色濃く残っている宮古弁では、便意、尿意でトイレに行きたい気持ちを表現するのにも使われる。「アーリイェィ、モヨーステキター」で「まいったな、トイレに行きたくなった」という意味となる。これは古語で言う「引き起こす」という意味に相当した使い方で、排泄願望が引き起こされたと考えられるだろう。また、宮古弁では「モヨー」「モヨッテ」「モヨル」という表現もあり、こちらは衣服などを着ることを意味し、「モヨッテ、マッテル」で目的に合わせた衣服などを着て時間前にスタンバイしているという意味になる。この使い方も古語的で、「催して(用意して)待つ『雨月物語』」などがあるという。

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