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2008/06 旧田老町の石碑

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 二ヶ月にわたり旧新里村蟇目界隈を散策したので、今度は旧田老町の石碑を見てゆこうと思う。田老とえばやはり田老鉱山のイメージが強い。田老鉱山が文献に出るのは幕末に近い江戸末期で、南部藩は藩外の商人にもその利権を販売している。しかし、晩年の南部藩のやり方は経済力のある者に開発させ、決められた期間内に採掘を許可し、その後高額な役銭を払わせ撤退させて、最終的には藩直営の鉱山にする一方的なみえみえの殿様商売だったようだ。そのため田老鉱山も本格的な試し堀もされないまま明治を迎え採掘権も転々としたようだ。昭和11年(1900)田老に社長自らが赴き鉱山として開発したのが、ラサ工業二代目・小野義夫社長だった。小野氏の構想は宮古を一大工業都市へと導き、高度成長とともに発展しそして時代の役目を終え衰退した。

 長い年月を経て平成の大合併により田老町と宮古市は合併した。振り返れば田老鉱山とラサ工業宮古精錬所は巨大企業の同一経営であり、藩政時代から宮古代官所が管理したようにはじめから田老と宮古は運命的な関係だったのかも知れない。さてそんな旧田老町だが、田老町もその昔は、小さな村であり周辺の村々と合併を繰り返して田老町を形成したのだろう。そのため鉱山と津波で一括りしがちな田老も地区により様々な側面と歴史を持っている。それはそのまま地区の信仰にも影響することになり石碑の種類や時代による流行にも影響している。そんな背景を基本にして今回は旧田老町の名も無き石碑を巡り歩いた。

 最初に紹介するのは水沢地区から北に広がる牧草地の道沿いにある道祖神だ。石碑は高さ30センチほどの小振りなもので、中央に道祖神、右に「右みツさわ」、左に「左をもと」中央下に納主・石工・勝次郎とあり年代は刻まれていない。この石碑はおそらく現在の国道45号線から水沢地区に入る分かれ道辺りにあったと思われ、それが国道整備の際に南部藩公の三閉伊視察の際に休憩所となったという霊水記念碑の付近に移動したものと思われる。

 次の石碑は藩政時代は牛を使っての塩運搬ルートだった末前地区の拝み塔だ。碑は有芸へ向かう旧街道から末前地区の鎮守・春日神社の参道へ向かう高台の石碑群の中にある。中央には役行者拝塔、右に文政三歳(1820)・要助、左に辰四月八日・青倉・門之助とある。春日大明神は、八幡神と左右に並び、中央に天照大御神をセットして日本を象徴する三神だ。これらの神霊は高い山の奥宮に納められることが多く白山大明神と並び散策泣かせの神様でもある。役小角は中世に実在したとされる修験道の開祖的山伏で、晩年には己の意識のみ肉体から切り離し一夜で日本中を行脚したという。

 次の石碑と最後の墓碑は樫内古田地区にある駒止桜に関係するものだ。駒止桜の経緯は次の通りだ。江戸末期の文久文政の頃(1804~1829頃)、鍬ヶ崎の廓・高島屋の遊女「利世(りせ)」と、江戸から三陸の俵物や海産物を仕入れに来る若い商人が恋仲になり年に数回の逢瀬に恋いこがれていた。しかし、利世は胸の病を患い樫内村・古田の実家に戻り静養したが21歳で生涯を終えた。翌年、仕入れのため鍬ヶ崎にきた若者は利世の病気のことを知ると、利世逢いたさに馬で樫内村へ向かった。若者が樫内村で途方に暮れていると馬は桜の木の下で一歩も動かなくなった。困った若者は近くにいた村人に利世のことを尋ねてみると「利世は自分の娘で、去年亡くなった。墓は桜の木の下にある」と教えられた。商人は桜の下で泣きくずれたという。その後村人たちは利世の愛が馬の足を止めたのではないかと語り継ぎ、桜は「駒止桜」と呼ばれるようになったという。

 写真は駒止桜の下にある三基の庚申塔の中のひとつだ。歪な三角形の中心が一段低く彫り込まれ中心に庚申供養塔、右に元文三年(1738)左に十二月四日とあり、上部に昼と夜を象徴する太陽と三日月、下部に庚申を象徴する猿、夜明けを意味する鶏の絵が彫り込まれている。最後の墓碑は駒止桜からさらに入り込んだ古田地区の民家の屋敷墓地にあるもので、前面に明心禪定尼、右に文化二丑天(1805)八月十五日、左に俗名・高島屋利世・廿一卒とある。これが利世の墓標だが、江戸の頃、遊女に墓を建てるのは珍しいうえ、墓も二段積みの当時にすれば大きなもので、利世の死後かなり経ってから建立された墓とも考えられる。また、恋いこがれた江戸の商人が当時とすれば大枚をはたいて墓を建てたとも考えなくもないが、埋葬や供養の分野まで恋人が介入したとは考えにくい。だがこれが江戸末の鍬ヶ崎一と謳われた廓・高島屋で美人と評判だった遊女・利世の墓であることは間違いない。この墓のある敷地には廃屋があり、昭和40年代頃までは人がいた形跡がある。古田には水田が多く家屋が数戸あるがほとんどが廃屋や農機具置き場になっている。

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