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2008/04 未だに新発見がある宮古弁の奥深さ

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 宮古弁のネタが豊富にあって原稿を書くのが楽しかったころは、次から次へと「ワラーサル/笑える」宮古弁を湯水のように出しまくり、それこそ宮古弁は頭の中にどんどん湧いてくるような気がしていた。しかしこうして二十数年も毎月連載していると、当初ろくに説明もせず機関銃のように撃ちまくった何でもない宮古弁の中に、特筆すべき発生形態が隠されていたり、同音のまま使用パターンにより別な意味を含むものなどがあったりして当時の自分が洞察力不足だったと言うか、舌足らずで知識不足だった事に痛感する。そこで今月は宮古弁としては平凡な語句だが再度研究分析が必要な宮古弁を紹介する。

 まず、トンボを意味する「ザンブリ」についてだ。最近は稲作も科学の時代とかで水田も田植えから稲刈りまでの間に数多くの薬品が使われるためか「スオカラザンブ/シオカラトンボ」をはじめ「メッコッザンブ/イトトンボ類」の姿はめっきり減った。ひと昔前は、ぬるい田んぼの水には「オタマ/オタマジャクシ」をはじめたくさんの水棲昆虫がいて少年たちにとってはヘタな水族館より楽しかったものだ。さて「ザンブリ」は「ザンブ」「ザッツァ」とも呼ばれ、前出の「スオカラ…」の他にその雌である「ムギワラ…」などとよばれるが「アキアカネ」や「ナツアカネ」のような真夏に高い山などで避暑して秋に里へ降りる「アガトンボ/アカトンボ」たちに対しては「ザンブリ」の名称を加えない。従って「アガザンブリ」と言うことはない。そしてこの事実に重要な意味が隠されている。

 古い宮古弁では「ザンブリ」同様、田んぼや池にいるアメンボを「ザンザニッキ」と言う。また水鉄砲のことを「ザッツ」と言う。この三者の先頭語は「ザ」だ。これは「ザーッ」「ザブン」「ザバン」などの水に関係した擬音を意味しており、これが二戸方面で言う「ダンブリ」にも通じる。「ダンブ」も「ザンブ」も水の擬音であり言葉の伝搬の際に地方色で塗り替えられたものだろう。ちなみに昔の人は「ザンブリ」の空中停止してガクンと落ちる独特の非行形態を見て、井戸に物を投げ込んだ状態を想像し物が水没する時に発する音から「ダンブリ」と命名したと言う説もある。井戸の周りには童歌「ずいずいずっころばし」の如くお茶碗が付き物で、これを「ドンブリ」とすれば直接「ザンブリ」には関係しないものの、漢字の「丼」が井戸に何かを落としたような拵えであり、この擬音が「ドンブリ」だとすれば「ドンブリ」「ダンブリ」「ザンブリ」は何らかのつながりを持った仲間かも知れない。

 「ザンブリ」と言う宮古弁の正確な語源は定かでないが県北方面での呼び名「ダンブリ」同様、水に関係し、しかも水は稲作にとって大切な部分であり、害虫となる虫を捕食する「ザンブリ」は豊作が約束された豊かな田んぼの象徴なのである。「トンボのことを宮古弁で「ザンブリ」って言うんだよ」と子どもたちに教えるときには、その語源のなかに「水」と「田んぼ」が背景にある事も教えて欲しい。

 次の宮古弁は広い守備範囲でかなり頻繁に使われている「ナンダーヅーガネー/なんて事はない」だ。この言葉は自分や第三者の状態や気持ちを確認した上で、それを違う誰かに伝えるようなシーンで使用され「あなたが心配しているほどではありません、たいした事はありません」というような意味で使われる。言葉を分解すると「ナンダー」「ヅー」「ガネー」の3つに分けられ「ナンダー」は「何」、「ヅーガ」が「ことは」、最後に「ネー」が「無い」となる。このなかで特筆するべき部分は「ヅー」で、通常の宮古弁の「ヅー」は「~ナンダーヅー/~なんだとさ」「イガネーヅー/行かないとさ」「ハーネッターヅー/もう寝ているとさ」のように「~なんだとさ(~らしい)」で使われるのに「ナンダーヅーガネー」の「ヅー」は別の意味で使われている。また、「ナンダーヅーガネー」は困ったことに、アクセントやイントネーションを変化させると「~ナンダーヅーガネー/~なんだそうですね」と変化する。これだけでは判りにくいので例文を。「アスッタガラ、ヤスミナンダー、ヅーガネンス/明日から休みなんだそうですね」。文字面も発音も同音だけれど、前後の会話やシーンによって意味が違ってくる宮古弁は意外に多く「クパル/運ぶ」「クパル/詰まる・塞がる」のように注意が必要だ。

 最後の宮古弁は乱暴に攪拌すると言う意味の「カンマラガス」だ。通常の攪拌は共通語だと「かき回す」で宮古弁だと「カンマス」になり、これをもっと無造作にかき回す状態を「カンマラガス」と表現する。ここで最も注目するのが「カンマ」と「ガス」をつないでいる「ラ」だ。どうしてかと言うと、これら「~ガス」という表現は「フンヅラガス/踏みちらかす」「スンダラガス/塩を浸透させて水分を抜く」「ハッツラガス/飛び散らかす」などがあり、どれも「チ(ラ)ガス/散らかす」「ダ(ラ)ガス/水分をこぼす(ダラメガス)」のように「ラ」が動詞の中に含まれているのに対し「カンマラガス」の「ラ」は動詞に含まれていない訳で、「カンマラガス」の場合、「ラ」は他の「~ガス」表現のノリと言うか、雰囲気を加えるために動詞とは関係なく代入されている。

 宮古弁の「ラ」はこの他にそれらを含めてと言う意味をもつ「ドモラ」がある。これは「ヤサイドモラハ、ヒトヅモカンネー/野菜などはまったく食べない」などと言う使われ方をする。「ドモラ」は漢字だと「共等」であり、「おまえら」を意味する宮古弁「オメーガドー」「オメガンドー」に含まれる「ドー」も「共等」であり同時に「党」「統」の意味も含む。  何気ないいつもの宮古弁、再検証すると意外なことがわかってきて未だに新発見がある…。それが宮古弁の奥深さです。

懐かしい宮古風俗辞典

【げーだが】
毛虫。蝶や蛾など昆虫類の幼虫だが、長い体毛のあるものを指し、短毛の幼虫は「イモムス」「デェーロ」と呼ぶ。新里地区と岩泉町、川井村の境には害鷹森1304mがある。

 「カッカベ/蝶・蛾」の幼虫は様々な種類と形態があるため一括りできないが、大きく分けて長い毛のあるタイプと、短毛のタイプがある。この中で比較的1齢~3齢虫ぐらいまで小型で、かつ集団で生息する長い毛のある毛虫を「ゲーダガ」とよぶ。個別種で言うと一晩で低木1本程度なら「カレラガステ/枯れさせて」しまうアメリカシロヒトリ(ヒトリガの仲間)や、背中のトゲに触ると「ガンベ/おでき・炎症」になるイラガ、チャドクガなどだ。これらの幼虫は自衛手段として団体行動や毒をもっているが、これが人に害を与えることから「害」の字があてられたものと考えられる。「ゲーダガ」の「ダガ」に関しては、害鷹森のように「鷹」の字で幼虫の食欲があまりにも凄まじくあたかも死骸に飛来した猛禽類のようだったとも考えられるが害鷹森という名称に当てた漢字は地図掲載のために便宜上付けた明治期の当て字だろう。おそらく「ダガ」は「トドコ/蚕」や「デェーロ」などの比較的大型の幼虫類の古語的表現が変化したとも考えられる。また、クスサンの幼虫のように長い毛があっても「ゲーダガ」と呼ばず「テングスデェーロ」と呼ぶ場合もあり、人が自然蚕から生糸を取っていた時代は役に立つ毛虫は大切にされていた背景がうかがわれる。

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